「最初から“1キロを必ず切るように”という指示が出ていました。そこで、各エンジニアに“1グラムでも軽くする”という目標を課したんです。」
ThinkPad X13 Gen 6の開発責任者である大澤治武は、開発初期をそう振り返る。軽量化は単なる数値目標ではなく、ThinkPadが長年培ってきた堅牢性や使いやすさを損なわずに実現するという、極めて難易度の高い挑戦だった。
「日本のお客様からの“もっと軽く”という声は非常に強い。私たちは日本にある開発研究所として、その期待に応える責任があると感じていました。」
軽量化のために、まず取り組んだのはシステム全体の小型化だった。大澤は電気設計の観点から、マザーボードの構造を根本的に見直した。「前世代では端から端まで基板がありましたが、今回はここまで小さくしました。メモリーとSSDを横並びから表裏配置に変更し、高密度基板にしたことで約50グラム軽くなっています。」
この小型化は、筐体全体の軽量化にも直結した。さらに、内部スペースを効率的に使うことで、冷却モジュールの大型化にも貢献している。軽量化と放熱性能の両立は、設計全体のバランスを取る上で重要な要素だった。
「各エンジニアがそれぞれのこだわりを持って軽量化に取り組み、それが組み合わさって高いバランスを保つことで、この製品が生まれました。」
大澤は「軽さと堅牢性、使いやすさのバランスこそが大切」と語る。軽量化は単なる削減作業ではなく、ThinkPadの価値を再定義するプロジェクトだった。
「完成品を手に取ってみて、10年以上この仕事をしてきた中でも特に完成度の高い製品になったと感じました。軽さと強さ、そして使いやすさを高いレベルでまとめています。」
軽量化と使い勝手を両立するためには現場の職人たちの創意工夫が欠かせなかった。大澤は「日本のお客様のためにこだわり抜いた」と語り、チーム全体の努力を誇りに思っている。
「軽量化させると弱くなってしまう。そこをどう克服するかが最大の難関でした。」
機構設計を担当した橋倉誠は、軽量化の本質的な課題をそう語る。ThinkPad X13 Gen 6では、軽量化と堅牢性の両立を目指し、構造の根幹から見直しが行われた。
「まず、天面には炭素繊維を使っています。繊維が板状になったものを採用し、その糸のグレードを最適化しました。無数にある選択肢の中から、このPCに最適な糸を選定し、従来比で約20グラムの軽量化を実現しています。」
さらに、キーボードを囲むパームレスト面では、軽量な金属を採用。板厚を約40%薄くし、30グラム以上の軽量化に成功した。「底面カバーも軽い素材に変更しています。単品では柔らかいですが、組み立て後にしっかり感が出るように内部構造を工夫しました。」
軽量化によって柔らかくなった部品を、組み立て後に“強く感じさせる”――それが橋倉の設計哲学だ。「ThinkPadらしい堅牢性を維持するために、外周の強度を確実に確保しました。軽くても“しっかりしている”と感じてもらえるようにしています。」
また、軽量化によって片手で持つ機会が増えることを想定し、ヒンジ構造にも改良を加えた。「軽い製品だからこそ、片手で開けられるようにしました。構成によって重心が変わるので、どのモデルでも同じ感触で開けられるように、ヒンジのトルクを緻密に調整しています。」
軽くしても、使い心地を損なわない。橋倉の言葉には、ThinkPadの“道具としての信頼性”を守る職人の矜持がにじむ。「軽くすることは簡単。でも、軽くしても“ThinkPadらしさ”を失わないことが本当の挑戦でした。」
軽量化の裏には、見えない部分の設計努力がある。橋倉は「堅牢性と軽量化を両立できたので、壊れやすいから丁寧に扱う必要はありません。道具として思い切り使ってほしい」と語る。軽さの中に宿る“しっかり感”こそ、ThinkPadの本質だ。
「底面カバーのネジを4本に減らし、簡単に開けられるようにしました。ネジを緩めるだけでカバーが外れます。」
軽量化の裏で、橋倉がもう一つこだわったのが修理性の向上だ。軽量化を進めると、内部構造が複雑化し、メンテナンス性が損なわれることがある。だが、ThinkPad X13 Gen 6ではその逆を実現した。
「指をかける部分を設けて、簡単に引き上げられるようにしました。バッテリーもユーザー自身で交換可能です。ネジが落ちないように部品に追従する仕組みを採用し、多少ずれても正しい位置にガイドされるようにしています。」
この設計は、ユーザーが自分でメンテナンスできる安心感を生む。
ThinkPadが長年支持されてきた理由の一つが、こうした“使う人に寄り添う設計”にある。
「軽い製品なので、片手で持ち上げて使うお客様が多いと思います。そのときにワンハンドで開けられるように設計しました。難易度は高かったですが、実現できました。」
軽量化によって生まれた新しい使い方に対しても、橋倉は細やかに応えている。軽くすることは目的ではなく、使いやすさを高めるための手段だ。
「軽くしても“ThinkPadらしさ”を失わないことが本当の挑戦でした。」
軽量化と修理性の両立は、まさに職人の技の結晶だ。橋倉は「軽くても強い。ThinkPadらしいメンテナンス性を維持できた」と語る。軽さの中に宿る“しっかり感”と“使いやすさ”。それは、橋倉がThinkPadに込めた職人の誇りそのものだ。
「ファンを約70%大型化しながら、全体で約20%の軽量化を達成しました。」
熱設計を担当した北村昌宏は、軽量化と冷却性能という相反する要素を両立させた。
「ファンケースの素材を銅からアルミに変更し、ヒートシンクやパイプもできるだけ小さくしました。排気のギャップを最適化して空気の流れを改善しています。」
その結果、表面温度を約18%下げることに成功。キーボードを触ったときの温度が下がり、ファンノイズも小さくなった。「空気の流れが良くなることで、冷却性能が上がり、静かで快適に使えます。」
さらに、膝の上で使うシーンも想定した設計が施されている。「モビリティを意識して、どんな場所でも快適に使えるようにしています。膝の上に置いたときに吸気口が塞がっても冷却性能を維持できるよう、開口を大きくしました。」
北村は、軽量化のために削る1グラムと残す1グラムを厳密に見極めたという。
軽量化と快適性の両立――それは、見えない部分にこそ宿る職人の技だ。「パフォーマンス、快適性、軽量化。すべてを妥協せず実現できた。」
北村の言葉には、ThinkPadの“使う人の快適さ”を支える熱設計者としての誇りがにじむ。軽量化の裏で、冷却性能を犠牲にしない。その信念が、X13 Gen 6の静かで快適な使用感を支えている。
「ThinkPadの黒は、単なる色ではなく、ブランドの象徴です。」
CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)を担当した梅島一哉は、素材と塗装の両面から軽量化を支えた。
「天板にはカーボンファイバー、パームレスト面と底面カバーにはマグネシウム合金を採用しています。マグネシウムは金属の中でも最軽量ですが、強度確保が難しい。設計チームと協力し、必要な部分は構造で補強することで軽さと強さを両立しました。」
さらに、外観の塗装にも新たな挑戦があった。「ユーザーから“指紋が目立つ”という声をいただいていました。そこで、前モデルよりも少し明るい黒にして、指紋とのコントラストを下げました。」
塗料には微細な白いビーズを混ぜ、表面に凹凸をつけることで指紋がつきにくく、ついても見えにくい塗装を開発した。「塗料の表面に細かい粒子を添加して凹凸をつけています。接触面積が減ることで指紋がつきにくく、ビーズの乱反射で視認性も下がります。」
この新しいブラックは、触感にもこだわっている。「ThinkPad伝統のソフトタッチを維持しながら、耐久性と美しさを両立しました。黒の深み、触れたときのしっとり感、そして指紋のつきにくさ。すべてを両立する新しいペイントです。」
梅島は「素材も塗装も一から見直し、軽量化とデザイン性を両立できた」と語る。軽さの中に美しさを宿す――それもまた、ThinkPadの職人魂の一部である。
「日本のお客様のためにこだわり抜いた一台。」
大澤の言葉には、開発チーム全員の想いが込められている。ThinkPad X13 Gen 6は、前世代比で約190グラムの軽量化を達成。だが、開発者たちが誇るのは数字ではなく、その裏にある哲学だ。
「堅牢性と軽量化を両立できたので、道具として思い切り使ってほしい。」(橋倉)
「パフォーマンス、快適性、軽量化。すべてを妥協せず実現できた。」(北村)
「素材も塗装も一から見直し、軽量化とデザイン性を両立できた。」(梅島)
そして大澤は締めくくる。「各エンジニアがそれぞれのこだわりを持って軽量化に取り組み、それが組み合わさって高いバランスを保つことで、この製品が生まれました。」
軽さの中に宿る強さ、そして使う人への思いやり。それこそが、ThinkPadをThinkPadたらしめる“職人魂”である。
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