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特集

患者の腹部に5mmから1cm程度の小さな穴をあけて、体内の様子を見る3D内視鏡とロボットアームを挿入して手術を行う──。そんなロボット手術は、がんの摘出手術を受ける患者の侵襲(身体的な負担)を軽減する先端医療として、普及の歩を着実に早めています。そのフロントランナーとして知られるNTT東日本関東病院において、ロボット手術に当たる執刀医・手術チームを、患者の体内を高精度に描出した3Dモデル(仮想解剖図)を用いて支援しているのが、国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科の准教授で、医用VR(仮想現実)/AR(拡張現実)技術のベンチャー、HoloEyes社の取締役/COOでもある杉本 真樹 医師です。
同医師は今、レノボのタブレット「YOGA BOOK」を、ロボット手術支援の新たなツールとして活用し始めました。
YOGA BOOKは、最新医療と手術の現場にどんな変化・効果をもたらしているのでしょうか。またそれは、患者と医療そのものにとってどのような意味を持つのでしょうか。杉本医師に伺います。

PROFILE

国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科 准教授
HoloEyes株式会社 取締役/COO
杉本 真樹 医師

医療画像解析、仮想現実(VR)/拡張現実(AR)/複合現実(MR)、手術ナビゲーションシステム、3Dプリンタによる生体質感造形など、医療分野での最先端技術開発で知られる。自ら開発に携わった医用画像解析アプリケーション「DICOM viewer OsiriX」の公認OsiriX アンバサダーであり、次世代低侵襲手術、SPS機器開発や手術ロボットなど、最先端分野の研究に精力的に取り組む。
2016年10月には、医療健康福祉における「VR情報革命」を加速させるべく、HoloEyes社を創設、同社の取締役/COOとして新技術の開発・普及を推し進めている。

すべては患者と医療の効率化のために──先端医療の現場で YOGA BOOK が最適なワケ

医用技術のすべては患者のために

─ 早速ですが、ロボット手術の現場で YOGA BOOK を使い始めた理由についてお聞かせください。

杉本氏:究極的な理由は、それが患者のためになるからです。
医用の技術は、すべてが患者のために存在しています。NTT東日本関東病院が導入している手術支援ロボット「ダヴィンチ」にしても、それを手術に用いることで、従来の開腹手術と比較して出血量が少なく、患者への侵襲(身体的な負担)が抑えられるがゆえに使われています。私がロボット手術の現場にYOGA BOOKを持ち込んだのも、このタブレットがロボット手術の効率性や正確性を一層高め、結果として、患者のためになると確信したからです。

─ そう確信された理由は、どこにあるのでしょうか。

杉本氏:それを説明するには、ロボット手術支援のために私が何をしていて、その中でどうYOGA BOOKを活用しているかを知っていただく必要があります。その辺りの理解を早めていただくために、少し具体例を持って説明させてください。

─ ぜひ、お願いします。

杉本氏:まず、ロボット手術で腎臓がんを摘出するとしましょう。このとき大切なのは、腎臓の正常な部分──とりわけ腎杯にダメージを与えないことと、手術による出血を最小限に抑えること、そして、がんを傷つけ、がん細胞を体内にまき散らさないようにすることです。

─ つまり、血管を傷つけることなく、がん細胞と正常な細胞との境目に正確にメスを入れていく必要があると。

杉本氏:そうです。ところが、がんは複雑な形状を成しながら人の臓器に食い込んでいます。手術支援ロボットの3D内視鏡が映し出す映像だけでは、がんがどんなふうに臓器にくい込んでいるのか、がんと血管(腎動脈・腎静脈)とが、どのような位置関係にあるかをとらえることはできません。
そこで必要になるのが、患部と患部周辺を立体的に、かつ精緻に描出した3Dモデル(仮想解剖図)です。執刀医が手術に入る前に、患者の最新のCTスキャンデータをコンピュータに取り組み、“その場”で3Dモデルを作成、必要な画像データを手術に臨む執刀医・手術チームに提供するようにしているわけです。

「YOGA BOOK+UNITY」で必要な情報を手術チームで共有

─ その3Dモデルの生成から共有までを、すべて YOGA BOOK で行っているのですか。

杉本氏:そうできれば理想的です。何しろ、手術室は狭くIT機器によるデータ処理を行うための十分なスペースは確保されていませんから。要は、YOGA BOOK のような軽量・コンパクトなタブレットで必要なすべての処理が行えれば、それに越したことはないわけです。
ただし、残念ながら現状の YOGA BOOK には、CTスキャンデータから3Dモデルを高速に生成できるほどの性能はありません。
そこでまずはノートPCで3Dモデルを作成して、そのデータを YOGA BOOK に取り込み、画面に表示させます。そして、YOGA BOOK を手術室内で持ち運びながら、執刀医や手術チームで患部の状態を確認しているのです。

ノートPCで生成した3Dモデルから、がんの形状などをわかりやすく可視化した2D画像を作成、YOGA BOOK に表示させ、執刀医・手術チームと共有する

─ それならば、YOGA BOOK ならずとも、他のタブレットでも同じことができるように思えますが。

杉本氏:そのとおりです。実際、YOGA BOOK を使い始める以前は、他社製タブレットを用いて、同様のことを行っていました。
ただし、平面のタブレット画面の共有だけでは、例えば、執刀医・手術チームの面々が、指先操作によって「患部とその周辺の3D空間を実際に近い状態で自分の見たい角度から見る」といったVR(仮想現実)的な世界を実現することはできません。
そこで、3Dゲームの開発プラットフォーム「UNITY」が稼働するタブレットOSではないWindows系のPC用のOSが動作する適切なタブレットを探し、軽量、サイズ、キーボード有無などの観点から、たどり着いたのが YOGA BOOK だったわけです。

─ 医用にUNITYをお使いなのですか?

杉本氏:意外に聞こえるかもしれませんが、UNITYは、医用の3Dデータをポリゴン化して共有・操作する仕組みを開発するうえでとても便利なプラットフォームです。
例えば、今回の腎臓がんの例で言えば、ノートPCから YOGA BOOK 上のUNITYに必要なポリゴンのデータを取り込むことで、がんと腎臓、そして血管の形状・位置関係を空間上で直観的に的確に表現し、そのインタラクティブな操作を可能にする3Dアプリケーションがすぐに開発できます。
それを YOGA BOOK 上で実行すれば、執刀医・手術チームはYOGA BOOKの画面を通じ、指先ひとつで、がんの位置・形状、血管との位置関係をさまざまな角度から確認できるようになります。
こうしたかたちの情報共有によって、例えば、執刀医と助手が複数の視点からどんな意図を持って患部にアプローチしようとしているかを、執刀医とタッグを組み、ロボットアーム操作に当たる助手も明確につかめるようになります。結果として、執刀医と助手とのチームプレイがより洗練されたものになるのです。

YOGA BOOK 上のUNITYで、がんの形状と臓器(例では、腎臓)上の位置、そして血管との位置関係を明確に表す3Dデータを作り上げ、さらにどの位置から観察するのかを、第3者目線としてのカメラ位置として設定するそのインタラクティブ操作と多角的立体表示が可能なアプリケーションを開発。執刀医・手術チーム間での情報共有を図る。

─ 加えて、患部と血管との位置関係も適宜確認できるわけですから、大量の出血も抑えられますね。

YOGA上のUNITYで作成した3Dデータにより、腎静脈・腎動脈とがんとの位置関係が立体空間上に多角的視点から正確にとらえられる。そのため、血管の結紫をせずに、大量の出血のリスクを最小限に抑えたロボット手術が可能になる。

杉本氏:そう、それが非常に大きい。腎臓がんの場合、手術による大量出血を未然に回避する目的で、太い血管を縛り(結紫し)、血流を事前に止めておく措置が講じられるケースがあります。これは、大量出血のリスクを回避するには有効ですが、手術中、がん周辺の血流も止まってしまうため、正常な細胞がダメージを受け、術後の臓器機能の回復が遅れるおそれがあります。
したがって、中長期的な視野で患者のことを考えれば、血管の結紫は極力避けたほうが無難です。だからこそ、血管を結紫せずに大量の出血が回避できるように患者ごとに異なる周囲の血管の位置関係を正確に把握することが大切で、そのためのツールとして、YOGA BOOK とUNITYは有効に使えるのです。

─ ここで一点、気になることがあります。手術中、患者近くの手術チームは滅菌であることが必須だと思います。となれば、それぞれが指で触れる YOGA BOOK もまた滅菌状態でなければならないと考えますが。

杉本氏:ええ、そのとおりです。ですから私は、タブレット収納用の滅菌袋(製品名「アイ・メディコート」)を独自に開発し市販しています。これを使うことで、滅菌状態を保たなければならない手術チームのメンバーは、タブレットに直接触れることなく、滅菌袋にそれを収納できます。この袋の上からでも手術用グローブのまま、指先でタブレットを操作できるので、チームは滅菌の状態を保ったまま、データが直感的に確認できるのです。

アイ・メディアコートを使うことで、滅菌状態を維持しなければならない手術チームのメンバーも手術グローブをしたまま指先でタブレットを操作し、患部の状況を直観的に適宜確認することが可能になった。

実用から得た「効率化」という新たな気づき

─ これまでのお話で、YOGA BOOK がロボット手術支援に有効であることが理解できました。ただ、現在の使い方に至るまでには一定の試行錯誤もあったかと思いますし、実際に使われてみて、初めて気づかれた点も多くあったのではないでしょうか。

杉本氏:そうですね。実際に使ってみて、持ち運びのしやすさや、情報を人に見せるときの使いやすさなど、さまざまな YOGA BOOK の利点に改めて気づかされました。また、性能面で一定の制約がある YOGA BOOK でUNITYの活用に取り組んだことで、ロボット手術を支援するデータをより洗練させることができました。それも YOGA BOOK を採用した一つのメリットと言えます。

─ それは、どういうことでしょうか。

杉本氏:性能の高いコンピュータを使っていると、データの作り手側は本質的には不必要なデータまでを提供しがちになります。ところが、YOGA BOOK とUNITYを実務で使うには、無駄なデータを徹底してそぎ落とす必要がありました。結果的にそれは、手術時に絶対に必要とされるデータとは何かを考え抜き、3Dデータを洗練させる、いいきっかけになったのです。
また、YOGA BOOK 上で開発したUNITYのアプリケーションは、GoogleのAR技術TangoをサポートしたレノボのSIMフリースマートフォンなど、他のさまざまなデバイスで動作せることが可能です。これによって、執刀医・手術チームでの情報共有のスタイルに一層の幅を持たすことができますし、データを洗練化させた意義も高まると感じています。

─ そのほか、YOGA BOOK の活用で気づいた点は何かありますか。

杉本氏:YOGA BOOK のフラットキーボードが、手術の現場のみならず、医療の現場全般にとって非常に有益だということです。
現在、医療の現場では院内感染をどう防ぐかが課題となっていますが、院内感染の大きな原因の一つとして、PCキーボードのキーの間に病原菌が堆積してしまうことが挙げられています。ところが、YOGA BOOK のフラットキーボードなら、キーの間に病原菌が溜まるリスクはなく、たとえ、表面に菌が付着しても、消毒シートでひと拭きするだけで一掃できます。これは、病院側にとっても、そして患者にとっても、決して小さくないメリットと言えるのではないでしょうか。

我々医療関係者は、患者のために、どんなテクノロジーをどう使うのが適切かを常に考えています。その観点から見ても、YOGA BOOK は非常に優れた製品と言え、医用ITとしてさまざまな可能性を有しています。医師に限らず医療に携わる人すべてが気軽に導入できる YOGA BOOK で、 3D画像やアプリケーション開発などに挑戦するきっかけにもなると期待しています。これからも、患者のためとして医療の効率化になる YOGA BOOK の活用法を、さまざまに考案していくつもりです。

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