グローバルの製品開発競争がますます激化していく中、日本の製造業が競争力を維持していくためには、3Dモデルを用いた設計と解析を一体化した新たな開発手法「MODSIM」の実践が求められている。そこで鍵を握るのが、場所を問わない設計・解析業務の遂行を支える可搬性に優れたモバイルデバイスだ。モバイルワークステーションの「Intelモデル」と「AMDモデル」、「ゲーミングPC」、「ビジネス用PC」の4機種を比較検証した結果から判明した、MODSIMに最適なプラットフォームを考察する。
特集
モデリングとシミュレーションを統合した「MODSIM」が注目を集めるワケ
設計CAEの重要性が叫ばれてからすでに久しいが、その概念をさらに進化させた新しい設計思想として、ダッソー・システムズ社が提唱した「MODSIM」(Modeling and Simulation)が注目されている。3D CADツールとCAEツールを共通データモデルのもとでシームレスに統合し、設計プロセスを改善するのがMODSIMの特徴だ。
モデリングとシミュレーションがシームレスであることで、CADとCAEという異なるソリューションであっても、統合された環境として設計と解析を行き来することができる。これにより試行錯誤が伴う構想設計の大幅な効率化とスピードアップを実現する。
「3Dデータを駆使してアイデアを迅速にカタチに変える」を事業ビジョンとする製品設計会社のスワニーは、このMODSIMの考え方をいち早く取り入れてきた。
同社 CIOの土橋 美博氏は、「グローバルの製品開発競争は、ますます激化しています。アジア諸国、特に中国などは急速なコスト削減、納期短縮、品質向上を進めており、このままでは日本の製造業は競争力を維持できなくなります。そうならないためにも、設計と解析を一体化した、より迅速かつ柔軟な製品開発の手法が求められています」と、MODSIMを実践することの重要性を説く。

さらにMODSIMは、設計開発にあたるエンジニアの働き方も大きく変えていく可能性がある。ダッソー・システムズ社では、3D CAD(CATIA、SOLIDWORKS)、シミュレーション(SIMULIA、SOLIDWORKS Simulation)、PLM(ENOVIA)、データ検索/分析(NETVIBES)、化学/ライフサイエンス(BIOVIA)、生産(DELMIA)などによる製品開発プロセス全体をカバーするクラウドベースの統合基盤として3DEXPERIENCEプラットフォームを提供。設計、製造、サービス、マーケティングなど、製品開発に関わる多様な部門の人材による、単一の環境での共同作業をサポートしている。
MODSIM実践に欠かせないモバイルワークステーション
MODSIM+3DEXPERIENCEプラットフォームに準拠した環境があれば、クラウド上で設計データを共有し、場所を問わずに設計作業を継続したり、解析シミュレーションを行ったりすることが可能となる。出社しなければ作業が行えないという制約からエンジニアを解放し、ひいては製品開発の効率を大きく向上することができる。そこで必須となるのが、可搬性に優れたノートタイプのデバイスだ。
「スワニーには本社(長野県伊那市)のほか、茅野ファクトリー(長野県茅野市)、みなとみらいオフィス(神奈川県横浜市)といった開発拠点があります。私自身もこれらの拠点を頻繁に移動する中、本社に高スペックのデスクトップワークステーションを配置し、移動先ではノート型の端末からリモートデスクトップ接続またはクラウド上の共有データにアクセスすることで、設計・解析業務の高効率化を実現することを目指しています」(土橋氏)
この運用形態には、どんなデバイスが適しているのだろうか。よくある失敗として散見されるのは、次のような“誤解”にもとづく製品選びである。
3D CADツールとして多くのユーザーが用いているSOLIDWORKSに求められるGPUスペックはそれほど高くないこともあり、「ゲーミングPCでも問題なく動かせるのではないか?」、あるいは「外出先で3Dモデルを参照するくらいの用途なら、一般ビジネス向けのノートPCで十分ではないか?」といった安易な判断によって、ワークステーションを選択肢から排除してしまうのだ。結果として、MODSIMを実践することはできず、設計・解析業務に大きな支障が生じてしまうことになる。
「そもそもゲーミングPCやビジネス用ノートPCは、ダッソー・システムズ社からISV認証を得られていないため信頼性に欠けるとともに、利用できない機能の壁に直面することになります。また、3Dモデルの作成やシミュレーションを行ったとしても、スペック不足でいつまで経っても解析が終わらないなど業務上で支障が出てしまい、エンジニアにも大きなストレスを強いることになってしまいます」(土橋氏)
加えて日常的な移動を前提とするならば、「出先で長時間使用することを考えた電源効率やACアダプターも含めた可搬性」、「過酷な現場での使用を想定した耐環境性・堅牢性」、「持ち運び時の負担とならない軽量性」、「ネットワーク接続の機動力や利便性を考えたSIM対応」、「万が一の故障に備えた迅速なサポート体制」なども考慮する必要がある。
「これらの機能要件、非機能要件を総合的に考慮した場合、見かけ上のコストパフォーマンスの良さにとらわれるのはなく、今後数年間のライフサイクルも見据えたうえで、最新のモバイルワークステーションを選択するのが得策です」(土橋氏)
横並びの検証で明らかになった信頼性の優劣
3Dモデルを用いた設計・解析業務にモバイルワークステーションは本当に必要なのだろうか。また、ゲーミングPCやビジネス用ノートPCとモバイルワークステーションの間には、具体的にどんな性能の差異が生じるのか。
これを明らかにするため、スワニーでは下記の4機種を用いた実機検証を行った。
なお、使用する3D CAD ツールについては全機種ともSOLIDWORLS 2025 SP2に統一したうえで、ダッソー・システムズが提供している標準ベンチマークテストを適用。下記の項目について検証を実施した。
グラフィックス:モデルの回転、ズーム、およびパニングがどの程度滑らかに行われるかを数量化
プロセッサー:フィーチャーの再構築や図面ビューなどの CPUベースのアクティビティを完了するために必要な時間を測定。このテストを半分の時間で完了するコンピュータは、部品の再構築を半分の時間で終了すると想定
I/O : ファイルのオープン時と保存時にかかる時間を数量化
RealViewパフォーマンス:RealViewグラフィックスの表示時間を数値化
シミュレーション:静解析デザイン スタディの実行時間を測定
この検証の結果、モバイルワークステーションに軍配が上がったのは、やはりグラフィックス性能である。
ゲーミングPCのLenovo LOQ 15IRX9が31.6秒、ビジネス用PCのThinkPad L15 Gen 4が37.3秒を要したが、これに対してモバイルワークステーションのThinkPad P14s Gen 5 AMDは20.1秒、ThinkPad P14s Gen 5(Intelモデル)は27.2秒で処理を完了した。
また、写実的でダイナミックなモデル表現を行うRealViewについては、そもそもISV認証を得られていないゲーミングPCやビジネスPCでは実行さえ不可能だ。
「全体の性能自体はゲーミングPCに軍配が上がりましたが、そもそもRealViewが起動すらできなかったりと、信頼性に欠ける結果になりました。また、パフォーマンス検証ではないのですが、ゲーミングPCは筐体そのものの重量が3kg程度と、気軽に持ち運べるものでもありません。このことから設計・解析業務に適した端末を選ぶならば、必然的にモバイルワークステーションのThinkPad P14sに絞り込まれることになります」(土橋氏)
また、IntelモデルとAMDモデルの比較のため、メッシュサイズの異なる解析作業も行った。
解析作業においてはNVIDIA製GPUも搭載したIntelモデルに軍配が上がった。GPU性能やより高いパフォーマンスを求める場合にはNVIDIA RTX 500 Ada 世代 Laptop GPUを選択可能なIntel+NVIDIA GPU搭載モデル、価格や軽量性をより重視するのであればAMDモデルといった選び方ができそうだ。
ThinkPad P14sが柔軟な働き方の有力な選択肢に
土橋氏が特に昨今の動向を注目しているのは、ThinkPadP14s Gen 5 AMDである。

「少し前までワークステーションと言えば、Intel+NVIDIAで構成された機種が一般的でした。ところが今年2月に米国テキサス州ヒューストンで開催されたダッソー・システムズ社の年次イベント『3DEXPERIENCE WORLD 2025』を訪れたところ、AMDが大きなブースを構えており、その盛況ぶりに時代の変化を感じました。その意味でも他のPC/サーバーメーカーに先駆け、いち早くAMDモデルのモバイルワークステーションを市場投入したレノボには“先見の明”があったと言えそうです」(土橋氏)
実際、今回の検証において、グラフィックス、プロセッサー、I/O、シミュレーション、RealViewパフォーマンス、全体のいずれの評価項目でもIntelとAMDモデルではほぼ同等の性能を示している。
「NVIDIA製GPUを搭載していないAMDモデルを選択することでワークステーションの本体価格を抑え、余裕のできた予算をメモリ容量の増加に当てたりすることも可能です。業務内容や予算に合わせて様々な選択肢が持てるようになりました。」と土橋氏は語り、MODSIM実践に成功するためのプラットフォーム選定のポイントを説く。
まとめ:「未来を作る」設計開発だからこそ
コストバランスの優れたハイスペックなワークステーションを
現在、ソフトウェアは目覚ましい進化を遂げており、開発スピードの向上、コスト削減、品質向上が厳しく求められる状況にある。このような環境下で、ソフトウェアの性能を最大限まで発揮できるモバイルワークステーションの導入は、もはや不可欠と言える。しかし、依然として「性能」だけに重点を置き、信頼性を考慮せずに比較検討を行う企業も少なくない。
だが、エンジニアの競争力を考えたうえでは、先に述べたMODSIMのような新たな手法を積極的に取り入れる必要があり、それに追随できるような性能、信頼性、コストのバランスがとれたモバイルワークステーションを採用するべきだ。
「3~5年サイクルでPCを入れ替えるリズムがあるなかで、PCは導入直後からどんどん陳腐化する一方、ソフトウェアは絶えず進化していきます。ですが、設計業界が作っているのは『未来』です。簡単に言うと、“今”設計しているものの完成は2年後、3年後になってしまうため、将来的なソフトウェアの進化を見据え“今”最新のPCを使わないと、熾烈化する市場競争で勝つことはできなくなるでしょう。もちろん、IT予算を青天井でかけられるわけではないため、ISV認証をはじめとする信頼性やコストを考慮しつつ、適切なパフォーマンスのPCを導入すべきなのです」(土橋氏)
今回の検証結果を振り返り、最後に土橋氏は次のようにまとめた。
「今後、クラウドプラットフォームのなかでハイパフォーマンスコンピューティングを実行するとともに、そこにデータを格納することで、いつでもどこでも仕事ができる世界が来ると予想しています。エンジニアだけでなく、デザイナーなど多くのステークホルダーがひとつのクラウドプラットフォームの中で作業を行うイメージです。この世界を実現するためにはデスクトップPCも必要になります。つまり処理能力が求められる環境下ではハイスペックなデスクトップPCを置き、柔軟に働く場面ではモバイルワークステーションを使うといった、用途に応じた最適な選択が求められます。今回の検証はモバイルワークステーションにフォーカスを当てたものですが、自社のIT予算と相談し、会社全体で最適なPCを選択して欲しいですね」(土橋氏)